きりのいいもの

商品やサービスを題材に、ちょっとしたエッセイや雑記っぽいものを書きます。

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オフィス家具って用途によって求めるものが違うよね

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自室で使っているデスクは父の愛用品です。子供の頃からあったので、もう40年以上使っているかもしれません。

 

小学校に上がる頃、普通の家庭であれば勉強机やベッドなどを買い与えられると思います。人によってはそのあたりから自分の部屋が与えられた、なんてこともあるでしょう。

 

 

 

片や私はというと…家自体に「子供部屋」なんてものはありませんでしたし、無理を言って父の書斎を明け渡してもらいました。ベッドは買ってもらえましたが、勉強机は父の事務机をそのまま使っていました。

 

元来父との折り合いが悪く、いわゆる「父性」を知らずに育ってきてしまいました。父もまた不器用な人で、とても酒癖が悪い人間でした。

今思うと、父もまた「自分の時間」を過ごすための空間が必要だったのかもしれません。実の子供にとはいえ、自分でいられる場所を取られてしまったわけですから、悔しさと怒りとやるせなさは相当なものだったのでしょう。その頃から、私に対する当たりが酷くなったと思います。

 

「思います」なのは、いつ頃そうなるようになったのか私自身がはっきり覚えていないからです。強い言葉を投げたのはしつけの一環なのか、それともストレス発散のためなのか…それは本人が死んでしまったので真相は分かりかねますが、父の言葉と振る舞いで私が父親アレルギーになってしまったのは紛れもない事実です。

でもおかしいですよね。皮肉にも、嫌いな肉親の愛用品を今もこうして使い続けていますし、父のことを思い出すと急に涙が出てしまうのです。大人になった今、父の苦しみが少しずつ分かるようになってきたっていうのもあって、嫌いになりきれない自分がいます。

 

遺品は次第に朽ち始めます。先日ついに事務用椅子の車輪が折れていることに気づきました。

なんかガタガタするんだよな~と思いながらも使い続けましたが、4つある車輪のうちの一つがフニャフニャになっていました。収録しようにも椅子由来の雑音が出て困っていたので、原因がはっきりしただけでも良かったと思っています。(ちなみに今は祖父母宅で使っていたリビング用の椅子を使っています)

 

忌々しくて憎たらしい親父の遺品と過ごすのも残りあとわずか。

22年のときを超えて、私はやっと「自分の勉強机」を手にする機会を得ようとしています。