きりのいいもの

商品やサービスを題材に、ちょっとしたエッセイや雑記っぽいものを書きます。

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時間が経ってもお互いの歯車が合わなければ一生分かり合えない

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別れた人と久々に話をしてきました。

元は私が原因だったらしいのですが、私には何を間違えたのかが全く分かりません。

 

一連の話を聞いたら、私が間違っているように感じる人も出てくるでしょう。

しかし今となっては、それを判断することはできません。話したくないからです。

形にしようと思えばいくらでもできます。ですが、それによって傷つく人も出てくるでしょうし私の周囲に迷惑をかけるかもしれません。気を休めるために書いたつもりが、新たな問題に発展することだって容易なんです。

一昔前であれば水に流してそれぞれ普通にネタにできたと思います。それでも見ようと思えば見れる環境でもあるので、相手を知っている方が見たらげんなりすることも考えられます。

 

単純に、根本的な価値観や考え方が合わなかっただけなのにね。

もう少し一歩退いていればこんなことにはならなかったと思います。

かなり俯瞰して思えば、相手も私も自分よがりだったのかもしれません。

「どうしてそういう考えをするの?」と言われました。しかしそれは、別の考えがあったとしてもそこに至るまでの経験や学習がないからとしか言えないわけです。

お互いに対して無知だったからってのもありますが……お互いが指摘したところで「言っている意味が分からない」でフェードアウトするのがオチでした。

指摘されたことに対して私は「言葉では分かるんだけど、全然ピンと来ていないから分からないんだと思う」と返しました。

 

人間という種族は、歯車でできている気がします。

知らないところでオリジナリティある歯車を一生かけて作り上げます。

世界でたった一つしかないために、完全に噛み合うことはできません。

ですが面白いもので、数が多ければ多いほど部分的に合うものもあるんですよね。

 

相手と私は、歯車の原料から研磨まで全てが違いました。

リスペクトがあったとしても、気概がそうしてしまうなら全部なかったことにしようと決断に至ったのです。

誰が悪いとかそういう次元ではなく、何から何まで合わなかったのが全てを物語っていました。

 

もう二度と会うことはないですから、そのままのあなたでいてください。

お元気で。